話題のニュースを独自の観点からつまみ食いする「cotoLiのニュースひとつつき」。
今回は「自粛警察」問題をとりあげ、スケープゴート現象として捉えたいと思います。
話題の「自粛警察」とは?
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出の自粛に従わない人々や、休業の要請に応じていない店舗をSNSなどで非難・指摘する行為が相次いでいます。
こうした行為はインターネット上で「自粛警察」や「自粛ポリス」などと呼ばれています。
東京都のライブバーでは4月26日、感染拡大防止に配慮して無観客で音楽演奏を行い、その様子をインターネット上で生配信したところ、何者かによって店の出入り口に「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」などと書かれた貼り紙を3枚貼り付けられました。
外部サイト:「自粛警察」相次ぐ 社会の分断防ぐ冷静な対応を 新型コロナ|NHK
千葉県では4月下旬、既に休業していた駄菓子屋に何者かが「コドモアツメルナ。オミセシメロ」と書かれた貼り紙をしています。
外部サイト:「自粛警察」危うい正義感 強まる圧力「店シメロ」―専門家が警鐘・新型コロナ|時事通信社
ニュースでは専門家の意見も紹介されており、NHKでは新潟青陵大学大学院・臨床心理学研究科の碓井真史教授の意見として「ほとんどの人に悪意はなく、過剰な防衛本能が問題行動を引き起こしている」「行き過ぎると世の中を分断することにつながり、感染予防に逆効果となる」と報道しています。
時事通信社は東京都立大学の宮台真司教授(社会学)の意見として、自粛警察の心理について、「非常時に周りと同じ行動を取って安心したい人々だ。いじめと同じで自分と違う行動を取る人に嫉妬心を覚え、不安を解消するために攻撃する」と報道しています。
予想通りの自粛警察の登場―スケープゴーティング
こうした自粛警察の登場は、政府が「自粛要請」を発表した時点で理論的に予想可能な現象でした。
社会心理学では「スケープゴート(いけにえの羊)現象」と呼ばれる群衆現象が研究されています。
今回の新型コロナウイルスのような疫病の流行や自然災害、戦争など、ネガティブなショックが発生した際に、その責任の所在を特定の個人や集団になすりつけて非難・攻撃して心の安寧を回復しようとすることを「スケープゴーティング」といい、その非難・攻撃のターゲットにされた個人や集団を「スケープゴート」と呼びます。
「未知の伝染病」である新型コロナウイルスの感染拡大は、日本社会に典型的な「パニック」を引き起こしました。「どういう病気なのか」「どうやったら感染から身を守れるのか」「いつ終息するのか」といったことが曖昧・不確実であることがストレスとなり、さらに「有効なワクチンはまだ存在しない」という事実が人々の恐怖と不安を煽りました。おなじみのトイレットペーパーの買い占めやマスクの買い占めなど、明確なパニック行動も観察されました。
人間はパニックに陥ると理性的思考レベルが低下します。どうなっているのか曖昧な現状、見通せない先行き、疫病による死の恐怖。唐突に「現実がコントロールできなくなった」ように感じた人々は、低下した理性的思考の中で、何とか「コントロール感」を回復したいと願うようになります。
この時、特定の「敵」を設定し、諸悪の根源はその敵にあると思いこむことによって現実を理解しやすくしてコントロール感を回復させようという誘惑が生じることになり、これがスケープゴーティングを引き起こします。
つまり、新型コロナウイルスの感染拡大が社会にパニックを引き起こした段階で、スケープゴーティングが発生しやすい環境が整っていたのです。
ただ、こうしたスケープゴーティングは日本だけの問題ではありません。欧米では、日本人を含むアジア系の人々がスケープゴートにされています。日本人が人種差別的な罵声を浴びたり、暴力を受けたりしたという報道は、記憶に新しいのではないでしょうか。
外部サイト:殺気立つ英語圏の人がアジア人に浴びせる罵声|東洋経済オンライン
なぜお店が「いけにえ」にされるのか
そして、今回のスケープゴートに選ばれたのは飲食店や小売店、ライブハウスなどの「お店」です。なぜでしょうか?
そもそもの原因は「新型コロナウイルス」なわけですから、本当の敵は「新型コロナウイルス」以外にはありません。しかし、相手がウイルスではその責任を問うこともできず、報復を行ったり制裁を加えたりすることもできません。
本当の敵である新型コロナウイルスは、人々にとって「どうしようもない相手」であるために、コントロール感の回復には役に立たないのです。コントロール感を回復させるためには、相手は責任を問うことのできる人間や集団であることが望ましいのです。
そこに格好の「敵」として用意されていたのが、「自粛要請に従わない(ように見える)お店」だったというわけです。
具体的に存在しているお店であれば責任を問うことも制裁を加えることもでき、コントロール感の回復に好都合です。しかも、自粛要請を出しているのは政府ですから「大義は我にあり」と言わんばかりに、自分の行為の道義的責任を心配することなく、徹底的に攻撃を加えることができます。
事実、自粛警察による貼り紙には「次発見すれば、警察を呼びます」と書かれており、「自分は正しい行為をしており、警察も自分の味方だ」という考えが表れています。
スケープゴーティングの問題点
自粛警察行為、あるいはスケープゴーティングを行っている人々の自覚としては「自分は(少なくともある程度は)正しいことをしている」ということですが、客観的には「色々と問題あり」と言わざるをえません。
最たる問題は、根拠のないバッシングや誤解に基づく攻撃です。冒頭で紹介した東京都のライブバーは無観客でライブをネット配信していただけですし、千葉県の駄菓子屋は既に休業していました。こうしたお店を攻撃することは、完全に不当と言えるでしょう。
「そんなのは一部の過激な人がやっているだけで、自粛していないお店を攻撃するのは正当だ」という反論があるでしょうが、これはナンセンスです。
政府が出している「自粛要請」は、あくまで要請であって命令ではありません。自粛要請に従わないお店に罰則などありません。仮に罰則があったとしても、それを執行するのは国家権力であって「自粛警察」であってはいけません。
「それは政府がのろいからで、新型コロナウイルスを封じ込めるためには自粛させるべきなのだから、やはり自粛警察の行為にも道理はある」と、「自粛警察はコロナ終息に役立つから容認される」という擁護論もありそうですが、これも間違いです。
まず、営業しているお店を自粛に追い込むことがコロナの感染拡大を抑えるという根拠が薄弱です。「三密の回避」と言われますが、これは「三密を全て回避しなければならない」という意味ではなく、「三密の重なりを避けましょう」という意味です。
外部サイト:新型コロナウイルス感染症への対応について(高齢者の皆さまへ)|厚生労働省
現在営業しているお店の多くは、入場者数の制限や席数の間引き、換気の徹底、アクリルボード等にとる間仕切りの設置など、懸命な感染防止策をとっています。正しい意味での三密を回避しているのですから、厚生労働省によると感染リスクは低いはずです。
この低リスクさえ許容しないということですと、経済活動が完全に停滞してしまいます。食品を含むモノの生産・流通が滞ってしまいますし、倒産や失業による社会の貧困化と情勢不安、自殺者の増加など、いわゆるコロナ禍の「間接被害」が激増してしまうことになります。
新型コロナウイルス感染症による死亡という「直接被害」を減らしても、経済被害による自殺者が増えてしまえば「新型コロナウイルスによる被害を減らした」とは言えません。
外部サイト:新型コロナウイルス感染症に伴う経済不況により自殺者数が累計で 14 万〜27 万人増加|京都大学レジリエンス実践ユニット
自粛警察の行動は自らの不安や恐怖、ストレスに基づく非理性的なものであり、理性的には肯定できないことは誰にでも簡単に分かることです。
しかしながら、そもそもスケープゴーティングの目的は「問題の解決」ではなく「コントロール感の回復」であり、しかもスケープゴーティングを行う人々はパニックに陥っていて理性的思考レベルが低下しているために、上記のような理性的な判断を下すことができなくなっているのです。
自粛警察によってスケープゴートにされたお店は当然に被害者なのですが、自粛警察行為をしている人々また、ある種の被害者であるという点に、問題の難しさがあると言えるでしょう。
自粛要請という失策
スケープゴート現象そのものを回避・抑制できたか否かは難しい所ですが、自粛で経済的に弱っているお店がスケープゴートにされてしまったことに関しては、政府の「自粛要請」が大きく影響していることは明白です。
政府は新型コロナウイルスの感染拡大防止のために「休業命令」を出すこともできましたが、「自粛要請」を出しました。
本来は自ら進んで行うものである「自粛」を政府として「要請」するという欺瞞(ぎまん)的な政策ですが、これによって自粛の意思決定の責任が個々の事業者に問われることになってしまいました。
「自粛の最終的な意思決定は個々の事業者が行っているのだから、その休業による損失も自己責任」というわけで、政府は十分な損失補償や従業員の給与補償などに支出をしなくて済むわけです。
対して、責任を押し付けられたお店の方は、要請に応じて自粛すれば倒産の危機になり、倒産を回避するために営業すればコロナ感染の恐怖に直面するという、ジレンマに陥ります。
倒産すれば借金だけが残り、文字通り首をくくらなければならなくなる方も大勢おられます。コロナによる死も怖いですが、倒産による死も怖いのです。
こうした事情から、やむを得ず営業しているお店にとって、パニックに陥り理性的な説明が通用しない「自粛警察」によるバッシングは追い打ちをかけるものです。
スケープゴート現象では、立場の弱い者がスケープゴートにされがちです。政府の「自粛要請」によってコロナと倒産のジレンマに追い込まれ、弱い立場に立たされた時点で、お店がスケープゴートにされることが確定してしまったと解釈できるでしょう。
本稿をお読み頂いた心ある読者の皆様は、目下の危機的状況に不安を感じても衝動的な行動はぐっと堪えて、まずは錯綜する情報を精査し、他の人のパニック・デマ情報に踊らされないように細心の注意を払い、スケープゴーティングに加担することのないように行動されることを、心から祈念します。
参考文献
スケープゴート現象を含め、グループ・ダイナミックス研究について学ぶなら次の本がおすすめです。
こちらは論文になりますが、スケープゴート現象について包括的に論じられています。