独立起業を成功させるために必要なマインドセットについては、誰しも気になるところです。
私も様々な文献に接し、また実践の中で考えを深めてきました。
今回は、私が独立起業を経て、なお正しいと断言することのできる学術的な文献をもとに、起業成功に必要な、そしてすべての経営者が理解しておくべき議論を、5つのマインドセットの形式にまとめました。
実践の洗礼を受けてなお生き残る、選りすぐりの議論です。
読むのに掛かる時間以上の価値をお約束しますので、ぜひ最後までお付き合いください。
この記事の目次
思考1:儲けよりも大事なことがある
独立起業とは、今までこの世に存在しなかった事業を新たに始めることです。その規模の大小や業界を問わず、それは「イノベーション」であると言えます。
イノベーションを起こし、成功させるために最も重要な思考は「利益や合理性よりも重要なことがある」という情熱的な信念です。
それは、自らの仕事についての職人的なプライドかもしれませんし、お客さんを騙すような商売は絶対にしないという倫理意識かもしれません。新しいことに挑戦し続けたいという冒険家的好奇心であることもあるでしょう。
上記のような「利益を捨てでもこれだけは譲れない」「これが合理的ではないことはアタマでは分かっているが、それでも信念を貫くんだ」という信念を持ち、情熱を燃やしていることが、経営者には、特にこれから独立起業しようとする創業者には、求められます。
1-1.イノベーションの理由は合理性を超える
『イノベーションの理由 – 資源動員の創造的正当化』という日本のイノベーション研究における名著があります。
当該書籍は、優れた技術を開発し、大河内賞を受賞した23の特許について、その技術の開発から実用化までの過程を丁寧に調査・分析した事例研究の成果をまとめたものです。
この研究が特に優れている点は、イノベーションに対する分析の切り口の鮮やかさにあります。
分析対象を、あえて「イノベーションのもとになるアイデアが生まれてから実用化されるまでの資源動員の過程」に限定し、「アイデアはいかにして生まれるのか」という問いは放棄しています。
イノベーションとは、それが革新的であればあるほど、「革新的」という言葉の定義上、事前にはその価値を知ることができません。
そのイノベーションは今までに類例が無いものであるわけですから、その研究の成功率はおろか、実用化の可能性や、もたらされる利益についても知る術はありません。
イノベーションとは本質的に不確実で曖昧な性格を持ちます。合理的で利益を重視する意思決定に従うのであれば、成功率も期待収益も計算できないイノベーションなどに投資するのでは無く、広告宣伝や自己株買いにでも人員や資金を投入したほうが良いということになります。
現に、合理的利益計算の集大成とも言えるMBAを経典として頂く、外資系コンサルやベンチャーキャピタルでは短期的なイノベーション投資のみを辛うじて是認し、その間に成果が出なければ容赦なく投資を中断し、事業売却を勧めます。
1-2.合理性の壁を乗り超えろ!
しかし、それではイノベーションは実現しないのです。不確実で曖昧であるにも関わらず、人員を集め、資金を調達し、実用化に向けて努力を続けなければいけません。
そのために重要なのが、合理的計算や利益主義を超える信念なのです。
合理的計算は客観的で、多くの人の理解や賛同を得やすいという特徴があります。もしイノベーションへの人員や資金の投入を正当化する理由として合理的な理由が使えれば、スムーズに必要な資源を集めることができるでしょう。
しかし、イノベーションは革新的であればあるほど、合理的に計算することが難しくなります。
客観的な理由が使えない以上、人員や資金を集めるためには、それぞれの資源の差配を決める意思決定者の「主観」に訴えるしかありません。
「実現するか分からない。実現しても儲かるか分からない。それでもこのイノベーションに投資することには価値があるんだ」という説得を可能にする何らかの価値観が必要なのです。
特に創業者は、合理的に計算不可能であるにも関わらず人や資源を集めなければならないという状況に頻繁に直面します。
その際に、自らが信じる価値観を情熱を持って語り、聞き手である意思決定者の心を動かし、説得し、資源を獲得しなければいけません。
「儲けよりも大事なことがある」という思考は、綺麗事でも根性論でもありません。「非合理的」な信念や情熱が、資源調達を成功させるためという「合理的」な理由から必要なのです。
思考2:行動には誰の同意も要らない
自分の行動を決定するのに、誰かの許可や同意がないと及び腰になってしまうという人がいます。
あるいは、特定の誰かでなくとも、自分の中の常識や規範に照らしてみなければ行動できないという人、つまり「自分の中の他人」の同意がないと行動できないという人もいます。
常識や規範意識があることは重要ですが、それに縛られていてはいけません。
経営者に必要なのは、例え非常識であっても、自分の意思だけで具体的な行動を始められる主体性です。
2-1.イリイチの近代社会批判に学ぶ
イヴァン・イリイチは近代産業社会の欺瞞を鋭く指摘した思想家ですが、その主著の1つである『脱学校の社会』を紐解いてみましょう。
イリイチは、近代の特徴が最もよく現れている制度の1つとして学校を題材にします。
私たちは学校教育を長年にわたって受ける中で、近代的な合理性と消費の美徳を刷り込まれていきます。
学校では合理的に設計されたカリキュラムをもとに授業が行われ、そのカリキュラムをどれほど上手く消費できたかを競うテストが課されます。
よくカリキュラムを消費し、テストの点数が良いものはよりレベルの高い学校に進学することができ、やがて良い就職口を得られることが約束されます。
一方で、テストの点数が悪かった者は、それぞれのレベルに見合った程度の学校が割り当てられ、それなりの就職口で働くことになります。
どちらの場合でも、テストの点数、すなわち「与えられたカリキュラムの消費度」によって社会的地位の序列が定められています。エリートになったものは、さらなる高みを求めてカリキュラムの消費に一層邁進し、そうでないものは「勉強しなかったのだからしょうがない」と力なく自分の地位に甘んじます。
このような制度が何世代にもわたって適用され、いつしか「正しい知識」「役に立つ知識」は学校でのみ与えられるものと考えられるようになり、その特権化された学校が人々に与えるカリキュラムをたくさん消費することが人生の成功であると受け入れられるに至りました。
生まれてこの方、人生の成功に必要なものは「与えられたカリキュラムを消費することだ」と刷り込まれてきた現代人にとって、誰からも与えられたわけではない行動をする能力、すなわち「自分で自分の行動を決める」という能力は、極度に無能化されています。
2-2.自分の決断だけで行動する能力
しかし、「自分で自分の行動を決める」能力こそが、経営者には、特に創業者には、必要な能力なのです。
「思考1:儲けよりも大事なことがある」の項目で解説したとおり、起業とはイノベーションであり、イノベーションとは合理的計算の世界の外にあるものです。
今まで無かったもの、既存の枠組みの外にあるものを作り上げるのは、自らの主体的行動によるのであって、カリキュラムの消費の果てにあるものではありません。
「学校で教えられたこと」「みんながやっていること」「常識」・・・。これらに従っていなければ安心できないように無能化されている私たちですが、その圧力を乗り越え、それが常識外れであることを理解していながらもなお、自らの決断だけを理由に行動を起こせるようになる必要があるのです。
思考3:始めてみてから準備しよう
準備してから実行しようというのは、典型的な雇われ人の発想です。
誰もやったことの無いこと、一回限りのこと、前例のないこと・・・。こうしたことについての「準備」とは何でしょうか?
前例が無いのに、なぜその行為が準備になっていると分かるのでしょうか?
3-1.経営者の問題は「一回限りのできごと」
経営者が直面する問題の多くは前例のないことです。
もしあなたの会社がそうなっていないなら、ルーチン化されたことまで経営者が意思決定しているということなので、組織構築に失敗しています。
また、創業者の「起業」という行為は、典型的な「一回限りのできごと」です。
そのようなことに対して「準備してから」と考えるのはナンセンスです。
3-2.まず行動せよ
「よく分からないけどやってみる」「まず始めてみて、困ったことが起こればその時解決しよう」という思考が重要です。
この思考ができるか否かは、起業家と起業志望者、あるいは創業経営者と雇われ経営者との決定的な差になっていると言えます。
思考4:気になることは何でもやってみよう
経営者は好奇心旺盛であり、興味が湧いたことにはためらいなく挑戦する思考が必要です。
「ウチは〇〇専門」というのは、「官僚的な」思考です。
ここでいう「官僚的」というのは、社会学の泰斗マックス・ウェーバーが定義する意味での官僚的という意味であって、「お役所的」という意味ではありません。
4-1.ウェーバーの官僚制論
近代社会が誇る物質的な豊かさの一因は、その徹底的な分業体制に求めることができます。
個々人が取り組む物事の範囲を極度に限定し、その範囲の中で専門性を極めること。その専門性を組み合わせることによって、近代社会は人類史上類をみない能率を達成しました。
したがって、「専門家」という社会集団は近代以降に特有のものです。
政府はもちろん企業や大学で、その能率をふるっている彼らのことを「官僚」とウェーバーは呼びました。
4-2.経営者は官僚であってはならない
専門性も大事ですし、能率も追求すべきものです。しかし、経営者は官僚であってはいけません。
経営者に求められるのは、漠然とした現実の全体性を解釈し、枠組みを作り、官僚たちがその能率を十分に発揮できる環境を構築することです。
全体性の解釈こそ、官僚たちが最も苦手とするところであり、経営者に求められるところです。
それを可能にするのが、「専門じゃない」とか「素人だから」とか言い訳せず、気になったことには何にでも首を突っ込む好奇心なのです。
思考5:成長しないということは、衰退するということだ
経営に定常状態というのはありません。成長しているか衰退しているかのどちらかです。
事業を起こし、一人でやっているうちは気楽なものですが、これまでに解説してきた思考1から思考4までのマインドセットが身についている起業家であれば、遅かれ早かれ事業が拡大し、人を雇うことを検討する段階が来ます。
5-1.事業は経営者だけのものではない
その際、「小さい規模でずっとやりたい」などと言ってはいけません。そのように思うなら、始めから趣味かボランティアとして行うべきであり、起業するのは無責任です。
あなたが始めた事業は、あなただけのものではないのです。
あなたの事業を応援してくれた人が居るはずです。お客さんはどうなるのでしょうか?取引先は無視ですか?もし既に人を雇っているなら、彼らの人生はどうするのですか?
5-2.成長を求め続けよ!
繰り返しますが、成長を放棄するということは、衰退の道を選ぶということです。
あなたの事業には様々な関係者がいます。経営者自ら衰退の道を選ぶなど、失礼極まりない話です。
事業である以上、追求できる利益は追求すべきです。規模を拡大し、盤石な財務基盤を構築すべきです。
あなたの事業に関わっているすべての人が安心できるようにするのもまた、あなたの仕事なのです。
まとめ
以上、5つのマインドセットをご紹介しました。
本記事で引用した書籍や学者は、どれも経営者必読と言っていい文献です。
本格的な文献ですが、「思考4:気になることは何でもやってみよう」の精神で、ぜひ読んでみてください。